9月29日に8冊目の訳書が刊行されます。その名も、『世界の蛾』。2015年に刊行された共訳書『世界のミツバチ・ハナバチ百科図鑑』のご縁で、同じ版元の河出書房新社からの刊行です。ハチ、恐竜、ネコ、蛾と生き物が生き物を呼んでいるようです。
『世界の蛾』とずいぶんマニアックな図鑑なので、訳者の立場から紹介させてください。
まずは表紙画。タイトルといい、蛾の写真といい、この図鑑を手にとる人は、蛾が好き、特に好きではなくても、大丈夫な人でしょう。「蛾! いやーーーっ!」という人も多いのではないかと思います。帯文の「蛾を愛するすべての人へ」という文もストレートに訴えかけてきます。日本蛾類学会会長の枝恵太郎さんが推薦文を書いてくださいました。
蝶は好きだけど、蛾は苦手、という人が多いかもしれません。蝶と蛾ってなにが違うのでしょうか。どちらも同じチョウ目に属していて、「鳥が恐竜から派生した系統にすぎないのと同じように、蝶も色が鮮やかで昼行性の蛾の系統にすぎない」のです(本文p.10)。
蝶も蛾も重要な送粉者であり、蝶が昼行性で昼間に花を開く植物の受粉を担う一方で、蛾は夜行性で夜に花を開く植物の受粉を担っています。そう考えると、灯りに集まってくる蛾にも愛着がわいてくるように思います。
蛾は、庭や玄関灯などでよく見かける観察しやすい昆虫です。本書は、「はじめに」がなんと約80ページもあり、全体の分量の約三分の一を占めています。起源から始まり、その生態、経済的な重要性など、蛾がわたしたちの生活で果たしている大きな役割を紹介しています。
全ページオールカラーと贅沢なつくりです。『世界の蛾』と銘打ってありますが、著者であるデイヴィッド・L・ワグナー先生がアメリカ在住の方なので、アメリカやその周辺地域に生息する蛾の紹介が多いようです。日本にも蛾の本はあるでしょうが、本書では世界の蛾類105分類群を網羅しており、生態写真などの資料350点以上が掲載されています。昆虫好きな子どもから、ガーデニング好きな大人の方まで、初学者から専門の方まで楽しんでいただける図鑑です。蛾の送粉を助けるために、夜行性の花を植えた庭をつくることも環境保全に役立ちます。6度目の大量絶滅が迫っている、といわれますが、生態系で蛾が担っている役割を知ることで、わたしたち人間ができることが見えてきます。
幼体から成体まで、オールカラーでかなり写真が豊富なので、虫は苦手、という方には無理強いはしませんが、昆虫好きな大人も子どももぜひ手にとっていただけると嬉しいです。
少し値段が高めなので、買うのはちょっと、という方はぜひ図書館にリクエストしてみてください。
本書の翻訳にあたり、監修者の屋宜禎央先生、千代田創真さんには、大変お世話になりました。また本書の後半の翻訳では、伊藤伸子さん、仁科夕子さん、かとうちあきさん他数名の方にお手伝いいただきました。これまでに訳してきた生き物の読み物のなかでも一番に難しかったため、進行が遅れてしまいました。とりまとめてくださった版元の編集者の方々には、感謝しかありません。
著者であるデイヴィッド・L・ワグナー先生の蛾に対する愛が溢れた一冊です。ぜひ手にとってみてください。
あとがきに代えて。
2025年9月22日
翻訳者 矢能千秋
